田中
最近は「ヤングケアラー」という言葉が社会に広まり、福祉や医療の現場でも、その存在に目を向けてもらえるようになりました。しかし以前は、ヤングケアラーという存在自体がほとんど認識されておらず、そういう人がいることすら知られていない状況もありました。みなさんは周りの人との関係はいかがでしたか?
高岡
母の病院への付き添いやお見舞いに行っても、私自身のことを気にかけてくれる人はいませんでした。まるで自分は黒子のようで、「お母さん薬はもらった?ちゃんと飲んでる?」といった確認や、「お母さん大変な病気だから、あなたがしっかり支えてあげてね」と、何気なくかけられた言葉が、私の中に重く積もっていきました。
風邪で熱を出しても、「あなたは治るけど、お母さんは治らないから」と言われたりして、ほっとできる時間もありません。家族に体の悪い人がいることで、常に頑張らないと許されないような感覚がありました。
ゴロゴロしている暇があるなら、洗濯物ひとつでも畳まなきゃという気持ちに追い立てられることも多く、「お母さんがしんどいのに、そんなことしてていいの?」と責められるような気分になることもありました。一方で、必死にやっていると「お母さん思いでえらいね」「娘さんがいてよかったね」とほめられることもあり、良いことも悪いことも、ずっと評価され続けているような感覚でした。
おかりな
高校3年生の時、テストの点数が急に下がったり、学校に行けなくなったりしました。そのとき、部活の先生が気にかけてくれて、「どうしたの?」と声をかけてくれました。でも、「家事をやるのは受験勉強の息抜きになるからね」と言われてしまい、ショックで何も話せなくなりました。私にとって相談できる人はその先生だけだったのに、その頼れる存在が消えてしまったことで、誰にも話せないという状況になりました。
大学に進んでからは、学生相談室という心理士の方がいる場所で話を聞いてもらえる機会があり、そこはありがたかったのですが、私は社会的にどうアプローチすればよいかを知りたかったです。みんな「助けてって言えばよかったじゃん」と簡単に言いますが、本当に伝えたいのは、助けを求めることがどれだけ勇気のいる行動かを理解してほしいということです。
田中
おかりなさんの「自分から助けてと言うことの難しさを分かってほしい」というメッセージ。他にこういうことを求めたい、理解してほしいということがあればお聞かせください。
おかりな
ケアを始めたばかりの頃は、今までとは違う環境に戸惑い、「なんでこれをやらなきゃいけないんだろう」と思うこともありました。しかし続けていくうちに、その環境や状況に慣れていきます。やらざるを得ない現実を受け入れ、「これが自分の役割なんだ」と思わなければ、笑顔で続けることはできません。
周りの人には、表面的に見える行動だけでなく、その裏側にある苦労や覚悟も理解してほしいと思います。本当に感覚を鈍らせて、なんとか頑張っている状態なので、しっかりして見える人ほど、その裏側に目を向けてほしいと常に感じています。
高岡
私もおかりなさんと思いが重なる部分が多くて。一日一日を過ごすために、自分の気持ちや感情を鈍らせなければやっていけないこともあります。でも、その状況を周りの大人は「なんとかやれてるじゃん」と軽く見てしまうこともあり、頑張れる子、がまん強い子ほど誰にも気づいてもらえないまま大きな負担を背負ってしまい、そのしんどさは大人になってから心身の不調として現れることがあります。
だから、どれだけしっかりしている子でも、無理をさせてはいけない。こどもが安心して、ありのままでいられる時間や環境が本当に大切です。しっかりしている子ほど、無理はしていないか、日常の中での小さな違和感にも目を向け、予防的に見守ってほしいです。自分自身が精神的に病んだり、体を壊したりしないと、自分は助けてもらえない…そんな感覚がずっとあったので、周りの理解やサポートの重要性を強く感じます。
ナミレオ
僕は母のことを誰にも話さず、周りには常に「アイドル級の笑顔」を見せていました。どんなに辛いことがあっても、次の日には切り替えて笑っているようにしていました。気付かれたくない、周りに心配をかけたくないという思いから、自分を守るためにずっと笑顔でいるしかなかったのです。
だからこそ、僕は「本当に笑っている人ほど、何かを抱えている」ということを強く実感します。友達からは幸せな家庭で大事に育てられたと思われていたけれど、実際はそうではなかった。外から見える姿と内側の現実が全く違うこともあるんです。
ぽむぽむ
私も明るくいる方が楽だな、と思うこともありました。ずっと「しんどい」「嫌だな」という気持ちでいると、本当に底まで落ちそうだからです。だから、自分で「切り替えて元気よくいこう」と決めることで、自分自身を救うような感覚がありました。
また、私は家庭の外に逃げ場を作るために、さまざまなコミュニティに参加していました。家のことだけに閉じ込められないように、外に出て人とつながることで、自分の心を支えていたのだと思います。
一方で、当時の弟のようにそういう行動がまだできない幼い子もいます。彼には助けを求める手段も限られていて、家で母を見守るしかなかった。だから、私が外に出て新しいつながりを作ったり、新しい経験をすることが、少しでも救いになるのではないかと感じて行動していました。
こうした話には明確な答えはなく、すっきりするわけではありません。でも、他の人の話を聞くことで、自分の中で「こういう視点もあるのか」と落とし込むことができました。そしてこれを「良かった」で終わらせず、自分の行動にどう活かすかを考えることが大切だと感じます。